[いまのすべて]


「はじめまして」
そう微笑みかけられて、ドキッとした。
気がついた時には、貴方はもう、私の特別な人だった。
恋ではないけれど、あえて言うなら一目ぼれ?
一目ぼれなんてありえないってバカにしていた私なのに …

誰にでも惜しみなく与えられるその笑顔の陰に、
私を写すその瞳の奥に、深い悲しみを見つけたのは、
付き合い始めてまだ間もない頃だった。
気付けばますます、貴方から離れられなくなる自分がいた。

「しっかりしてる」と言われる貴方だけど、
いや、そんな貴方だから。
絶対的な包容を求めているような … そんな気がして。

チラリ、チラリと現われるその痛みは、貴方からのSOS?
なんて、自惚れてみたりもした。
私にとっては特別でも、私は貴方の「特別」ではないのに …
だからいつも、喉まで出かかった「大丈夫?」という言葉を
貴方に悟られぬように呑み込んでいた。
悲愴で少し頬のこけた貴方の顔を思い出すたび、
私が眠れぬ夜を過ごしていたなんて、貴方は気付いていないでしょうね。

私に言ってくれなくてもいい。
他の誰かでも構わない。
ひとりで抱え込んだりしないで。
自分ばかりを責めないで。
不安なら、手をつないでいてと頼めばいい。
苦しいなら、誰かに寄りかかればいい。

「今日はお先に」
まだ盛り上がっている仲間たちに、
一言声をかけて、店を後にした貴方の後姿はとても疲れていて、
私はずっと目で追いかけた。その背中が見えなくなるまで。
「どうかした?」
彼と私の共通の友人が、固まったままの私に訝しげに問うから、
「彼、何かあったの?」
と訊ねれば、
「ん? いつもと変わらないと思うけど?」
と答えて、問われ人は再びグラスを呷る。

「そろそろ終電なくなるし。」
もっともらしい理由をつけて、私も彼らより先に店を出た。
追いつくはずなどないのに、必死で貴方の後を追いかけた。
ひとりじゃないよって伝えたくて。
確かなものを求め続けている貴方に。

飛び出した街にも、駅にも。
貴方を見つけられなくて。

時間なんて気にしてられなかった。
気がついたら、指が、勝手に貴方の番号を呼び出していた。
心が必死で叫んでいた。

「… もしもし」
少しくぐもった、疲れた声が聞こえてくる。
胸が締め付けられるけど、
「あ、ごめん!もしかして寝てた?」
と聞き返すのが精一杯。
こんな時間に電話したこと、彼は怒っているだろうか?
「いや、まだ起きてたけど?」
「あ、そう?良かった…」
安心が声になってこぼれた。

「何となく、声が聞きたくなったんだよね」
「…そう」
しばらくの沈黙の後に貴方の声がした。
さっきまで、会っていたのにヘンだよね。
でも、本当に、貴方の声を聞きたくなったのよ。
その瞳を見つけると、呑み込んでしまう言葉も、
電話でなら言えそうな気がしたから。

「あ、あのさ…」
言いかけた言葉が、喉に引っかかる。
「ん?」

「……大丈夫?」
「………」
焦った。
私なんかに、こんなことを言われて、貴方は気を悪くしただろうか?
放っておいてくれと、突き放されてしまうだろうか?
でも私には、貴方の痛みを無視することなんて出来ない。
たとえ、お節介だと言われても …

「あれ!?もしもし??」
電話が切れて、私たちの関係も切れてしまいそうな。
一気に恐怖が押し寄せる。
貴方を … 失いたくない。
私にとって、貴方は特別な人だから。

「あぁ、ごめん、ごめん。いきなり言うからさ…」
その声は、いつもの貴方に戻っていた。
「う〜ん。そう言われると、良くは分からないんだけど…
 何となくそう言いたくなったんだよね」
本当は、ちっともいきなりなんかじゃなくて。
私はずっと気になってて。
でも貴方が指摘するとおり、「いきなり」伝えなきゃって思った。
どうして?って聞かれてもよくはわからないんだけど。

「…いや、何だか分からないけど、大丈夫だよ?」
声のトーンは明るいけれど、少し、ほんの少し。
風が通り過ぎた後のカーテンのように。
揺れているような … それは私の気のせいだろうか?
でも、大丈夫って言ったんだから、大丈夫なんだよね?
「あぁ、そうならいいんだ。いきなり変なこと言ってごめんね〜!」
笑顔を作って、明るく、明るく。

他愛もない会話をして、もう遅いしねと、電話を切ろうとした
その直前。
「……ありがとう」
そう、貴方に言われたような気がした。

「えっ?」
慌てて聞き返すけれど、耳には冷たい電子音が響いている。

私はいつも「あなた」を見ている。
伝えたかったその想いは、
暗黒の淵に立っていた貴方にとどいただろうか?

笑顔の下に、すべてを閉じ込めないで。
どんな貴方も、貴方だから。
私が好きになったのは、そんな貴方。

お日様に照らされれば、どうしても陰はついてくる。
どこまでも、どこまでも。
切り離すことなんて出来はしない。

笑っている貴方だけだったなら、
歯を食いしばっている貴方だけだったなら、
こんなに私は貴方に惹きつけられなかったかもしれない。

光り輝く貴方も好きだけど、
地面に落ちた、その陰も、私が好きな貴方の一部。

忘れないでね。
貴方は私の大切な人。





「彼女」は女友達の一人ということでしたよね。
「特別」だったり「大切」だったりするのは、
恋人だけではなく、友だちについても言えること。
しかし、言葉にしてしまうと、どうしても"特別"な響きを持っ
てしまうので、困りました(苦笑)
勝手に書いてしまった「彼女」サイド。
失礼極まりないですね〜
浅羽さんの意図と違っていたらごめんなさい(深礼)





「恋詩館」管理人の秋月恋詩さんから、浅羽作「いまのすべて」を読んで、彼女視点を書いてくださいました。
まさか文章を文章で返していただくとは思ってもおらず、良い意味で「してやられた」そんな気分でした(笑)

         「 初めて会って気付いたら 貴方は私の特別な人だった
           でも時々見せる悲しげな 瞳を思い出すと眠れなくなる
           何時も 「大丈夫?」って言葉を言い出せずに
           呑み込んでばかりの 私がここにいた

           だけど貴方の 疲れている背中を見て
           自分を止めることなど 出来なかった
           指がもう 貴方のダイヤルを探してた

           不安になりながら 言ったその言葉は
           きっともっと前から 必要だったんだね
           私はいつも 「あなた」を見てる
           忘れないでね 貴方は私の大切な人 」


自分が気付かないだけで、誰かが自分のことを見ていてくれたいたのだと知ったその瞬間に、胸がグッと来ますよね。
浅羽は普段文章を書く時、主人公の視点からでしか考えて書いていないため、秋月さんが書いてくださった、この彼女視点から
互いの感情をより知ることが出来、より深く読んでくださった方の想像力も増すのではないかと思いました。
初めての出来事でとても嬉しかったです。

秋月恋詩さん、ありがとうございます。


2003/9/23(TUE)

(C)Koishi Akiduki
clip art by 絵夢