|桜の木の下で|
例年より随分と早く見頃になった暖かな日。
珍しくアイツから出掛けないかと電話があった。
カレー食べになら行かねぇぞ、と釘刺したがそうじゃないらしい。
「で?わざわざこんなところまで来て花見?」
「綺麗に咲いてるよねぇ。今年は梅と桜と同時に見れるかもしれないんだって」
「って、お前、人の話き・・・」
「知ってる?桜の木の下には死体が埋まってるんだって話。その血を吸い上げてこんな綺麗な色で咲いてるんだって」
「・・・お前が言うと洒落になんねぇーからヤメロ」
「あっ、いたいた! ごめんねー、待った??」
どうしてコイツは人の話を聞かねぇかなぁ・・・と握り拳を作ったところで、
アイツがこちらに振り返ることもなく、さっさと走り行ってしまう。
アイツが駆ける行方の先に、誰かがいるのが分かった。
大きな桜の木にもたれるように立つ誰かは、アイツの声に気づいて僅かにこちらを向いた。
「なんでぇ、ヤロウかよ」
遠目で見たとき、結構可愛い子だと思って心が躍ったのも束の間、
話込むアイツに追いついて覗き込んだ相手は男だった。
「あれ、よく分かったね、おっさん」
「おっ、おっっ」
「ホントだね。初対面で気づいたのっててつが初めてなんじゃない?」
「薫さんだって間違えたもんね。おっさん、なかなかヤルじゃん」
「おっ・・・・おっさんだぁ!??」
「おっさんだろ?違うかよ」
「年上に向かっておっさんたぁ、いい度胸じゃねぇか、クソガキ。シメんぞ、コラッ」
「いい大人がこれくらいのことで。大人気ないね。薫さん、この人誰」
「黒沢・・・用がないならオレは帰るぞ」
「いい天気だよねぇ。本当、綺麗な桜だ」
今日は人の話を聞き流すことに徹してるんじゃないかってくらい、コイツは人の話を聞いてない。
コイツに釣られて見上げると満開の桜がそよ吹く風に揺らされて、1枚、また1枚と花びらを落としていく。
「・・・で、なんだよ、今日は。コイツに用があるならオレは別に・・・」
「いたくないならさっさと帰れば?薫さんはまだいられるんでしょ?」
「そうだね、時間はまだ大丈夫だから。てつ、ここの桜は特別綺麗だからさ、もうしばらく観てかない?」
にっこり笑ってこちらを見るアイツの意図が分からず、でも、確かに綺麗なその桜を見るくらいなら構わないかとその場に腰を下ろした。
風が強いわけでもなく、はらりはらりと散る花びらが目の前にもう1つの桜の花を咲かせていく。
「こうやって木の上でも咲いて、散って地面の上でも咲いて、桜ってのはよく考えてるよな」
「どういう意味?」
クソガキがオレと黒沢の間に立ち、オレの言葉に問いかけた。
「見上げて綺麗だって思うのは誰しもだろう?座って見える地面の上にも花びらがあって、絨毯みたいで綺麗とか思わねぇ?」
そう言ってクソガキを見ると目をこれでもかってくらい丸くしてこちらを見てる。
が、次の瞬間、堰を切ったかのように腹を抱えて笑い出した。
・・・ちっ、柄でもねぇってか?
「おっさん、見た目と違ってロマンチストだね」
「うっせぇ、見た目は関係ねぇだろ」
「でも、そんな風に言った人は初めてだよ」
「ああ?」
「あ、そろそろ時間だ。ごめんね、戻らないと」
黒沢が腕時計を見て木から離れた。
オレに僅かに視線を送りながらも、それをクソガキに気づかせないようにすぐにクソガキを見た。
「また来れる?」
「また来るよ。コイツも一緒の方がいいだろう?」
「おっさんなぁ・・・おっさんが泣いて行きたいですって言うなら仕方ないけど」
「・・・誰が泣くか」
「まぁまぁ、また来るよ。じゃあね」
「うん、じゃあね」
オレ達が帰って行くのをクソガキは手を振って見送った。
数日後。
また黒沢が出かけようと言うので、「オレは泣かねぇぞ」と釘を刺した。
別に泣かなくたっていいよと笑うから、いつもより濃いレンズのサングラスを手に黒沢の後に続いた。
出かける先は決まってる。
「おっさん、泣いたの?」
開口一番がそれだった。
バカか、とクソガキを捕まえようとする刹那、するりと抜けて黒沢の後ろに隠れて、顔だけ出して笑っている。
「そんな風に笑ってれば可愛いのによぉ」
「可愛いなんて言われたって嬉しくない」
「喋らなきゃなぁ・・・」
「うっさいよ、おっさん」
黒沢は何も言わずに笑ってオレを見た。
「満開だね。今年も凄く綺麗だ」
笑った顔をそのまま上へ向けて、薄紅色の花が満開の木を見上げた。
今日もいい天気だった。
青空に満開の花達は負けじとよく映えていた。
「でも、もうすぐ散っちゃうよ」
「折角満開なのに、散るなんて言うなよ。分かってても言わねぇもんだろ、そういうのは」
「散ることは決まってる!」
黒沢の上着の裾を両手で握って、背中に顔を押し付けてるクソガキの様子にオレは困惑して黒沢を見た。
ちょっと困ったような表情でこちらを見て、後ろに居るクソガキの背中をポンポンと撫でた。
泣いてるのか、肩が小さく揺れている。
「明後日から雨だって言ってた。丁度オレ達仕事が詰まってて来れないんだ」
「来れないの!?」
「うん、ごめんね。明日からスタジオにこもっちゃうんだ。采配はコイツが握ってるんだけど」
「・・・無理だな。今日からやったって間に合わねぇんだよ」
表情が一段と暗くなったのが目に見えた。
仕方ないとは言え、どうしてこんなに拘っているのか分からない。
問おうとすると黒沢が目配せしてそれを止めた。
「だから、今日来たんだ。丁度1番いい時に来たんじゃない?オレ達」
「・・・うん」
「それなら良かった。今年はコイツも連れて来れて良かったよ」
「・・・・・・うん」
「なんでそこで言い淀むんだよ、お前は。ったく、ホント態度は可愛くねぇな」
「ほら、今喧嘩したら来年まで何もできないよ」
「は?来年?」
「いいよ、別に。おっさんと仲悪くたって」
「そんなこと言うなよ。本当はオレより村上が来たほうが嬉しかったんだろ?」
「っっ、そんなことないよ!薫さんが来てくれたの、すっごい嬉しいよ!!」
「うんうん、分かった分かった」
「分かってないよ!違うって!」
「なぁ、なんで来年なんだよ」
泣いてたらしい目は赤いまんまだったけど、その表情は照れと黒沢にちゃんと伝わらないもどかしさで複雑な表情をしていた。
「さ、そろそろ時間だ」
「もう?」
「うん」
「そうか」
「じゃあ、またね」
「うん」
黒沢がクソガキの頭をぽんぽんと叩いて、笑った。
「じゃあな、ちゃんと歯ぁ磨いて寝ろよ」
「そこまで子供じゃない!」
「腹出して寝るなよ」
「それは薫さんに言ってあげて」
クソガキの目にうっすら涙が浮かんでるのが見えたけど、言わなかった。
「また、来年!必ず来てよね!!」
クソガキはそう言った。
両手を精一杯大きく左右に振って、オレ達を見送っていた。
「おい、黒沢」
「何、てっちゃん」
「お前な・・・」
「綺麗な桜だったでしょ」
「お前は何か?今度はその主にまで手を出したのか!?」
「手を出したなんて、人聞きの悪いこと言わないでくれる?」
「じゃあ、どういう経緯か話してみろよ」
花見に偶然あそこに行ったら1人でいるクソガキがいたから声をかけたんだと説明した。
「ちゃんと見えてたじゃない?てつも」
「お前・・・」
「あの子も、てつのこと気に入ってたよ?」
「気に入られたってなぁ」
「来年も行くでしょ?」
「約束したからな」
もう1度振り返ってあの桜を見た。
よく見れば、他の桜の木に比べて一際大きいのがこの場所から見ればよく分かる。
そして、どの木よりも枝の隅々まで花を咲かせて、風に揺られて木々全体の花びらを舞わせている。
「綺麗だな」
「うん。1番だよね」
「またな」
「また、ね」
桜の木の下でアイツが手を振りながら、またね、と口唇を動かしたのが見えた気がした。
浅羽さま江。
48984HIT、ありがとうございます。
今回は「桜」がお題だったので、桜が散ってしまうまでに!!と急ピッチであげてみました。
桜というお題を読んで真っ先に思いついちゃったんですよね・・・
というわけで、こんな感じになりました。
受け取ってもらえたら幸いです。
今後もどうぞ、よろしくお願いします。 勇魚
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これまた『地球地図』にて「48984」 を踏み、いただいた作品です。
こちらも「桜」というお題で書いてもらいました。
この作品の即興詩を。
『桜の木の下で』
「随分と早く 見頃になった暖かな日
誘われて向かう その行方の先
大きな桜の木に もたれるように立つ人は
声に気付いて 僅かにこちらを向いた
「木の上でも咲き 散った地面でも咲く
桜ってのは よく考えたものだな」
ふと見上げて 呟いた言葉に
「そんな風に言った人 初めてだよ」
と堰を切ったかのように 腹を抱えて笑う
別れの時の寂しげな声が 気に掛かる
再びの再開は 満開の桜
散ることに拘る その目は赤く
伝わらないもどかしさ 表情に出てた
「来年必ず来てね」 大きく左右に振る手
あの桜は 他の木よりも一際大きくて
隅々まで咲く花びらは 風に吹かれ舞っている
桜の木の下で 手を振りながら
またねと口唇が 動いているのが見えた」
本当にファンタジー溢れる感じの作品で、実際にこんなことがあったら嬉しいだろうなぁなんて思ってみたり。
まぁ、浅羽にも見れるかどうかは謎ではありますけどね(苦笑)
結構こういったタイプの作品も好きです。
桜という名前は可憐な女性のようなイメージを持っているのですが、大きく幹の太い桜の木を見ていると、
段々力強い男性のようなイメージも湧いてきますね。ちょっと盲点な気もした分、より楽しかったです。
勇魚さん、ありがとうございます。
2006/5/1(MON)
(C)Isana
photo by A-PHOTO